……ここは、どこだろう。
突然、私(あるいは、自我を持たない貴方?)は意識を取り戻した。
なんというか、とても眩しい。
眩しさの元凶に気づくのに、数秒を要した。
嗚呼、太陽よ。本日もなんと偉大で美しいことか。
それにしても、こんなにも近くに太陽の光を感じたことはなかった。
度がすぎる輝きは、網膜を焦がし、丁度いい目玉焼きでも作ってくれそうだ。腹は少し減ったが、自分の眼球を食べる趣味はない。
照りつける太陽から目を逸らすと、ソコが青を基調としており、ひらけた空間であることがわかった。
そして、眼下には壮大な雲海。単純な感想だが、綺麗な景色だ。
ああ、そうか。
私は空を飛んでいた。それも、想像するより、ずっと高く。富士山よりも、エベレストよりも!!(語彙力欲しいな)
ヅぼぼぼぼぼぼぼぼ
不意に脳みそを掃除機で吸われるような感覚が走った。
吸引力は……そうだなぁ、「中」くらいかなぁ。不快さ半分、快感半分といったところ。人によっては好きな感覚かもしれないが、私は特に何も感じない。
ぁああァアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛
ごめんなさい、あまりに突然の感覚にカラスのような奇妙なうめき声をあげてしまった。私は溢れ出たヨダレをふき取ると、冷静さを取り戻した。
ごめんなさい?
ふと、自分の言葉に嫌気がさした。私は一体誰に謝っているのだろうか。
この空には、飛行機や鳥や鳥谷(阪神)さえいないのに。
脳の衝撃によって、空を飛ぶ前の最後の記憶を思い出した。
私は広告代理店の営業だった。
クソな客とクソな上司。
クソな同僚と一緒にクソな仕事をしていた。嗚呼、サイコーだ。
残業と土日出勤。
ノルマと納期。
人間とは、どんな苦難にも慣れていくものだが、日々の不満は確実に私を暗黒面へと誘った。
かのアナキン・スカイウォーカーのように。
若きジェダイ達を今にも皆殺しにしそうになっていたとき、同僚から食事に誘われた。
同僚の名前はスズキという。スズキは平凡な容姿に、平凡な大学を卒業し、平凡に優しい男だ。仕事でも要領が悪いが、人畜無害で量産的な日本人だ。
ワオ、なんて私にお似合いな男だろう。
スズキが私に声をかけたのも理解できる。いわゆる妥協という感情だ。
私はスズキより、IT社長と結婚して人生エンジョイしてぇよ、畜生。
とはいえ、折角の申し入れだ。私は30%の力でメイクをして、スズキが指定した居酒屋へと赴いた。本日は、「会社の愚痴を如何に滑稽に話すか」をテーマにしようと心に決めた。
30分後、私はスズキの新たな一面を知ることになる。
私の生涯25年間に出会った人間の中で、スズキは”最も面白くない人間”ということだ。仕事で話すことは多かったけど、そういえば、サシで飲むのは始まったし、会社の飲み会で一緒になった時は違う人が主に喋ってたっけ。
何を話したかは殆ど覚えていない。
とても、つまらなかったから……
ただ頭に残っているのは、スズキは無能な割に自己啓発本をたくさん読んでいたということ。そして、自己啓発本オタクのスズキが固く心に信じていることを知った。
「願いや目標を明確に信じれば、必ず叶う」
スズキとの過酷な飲み会は日を跨ぐまで続いた。スズキも会社に思うところがあったのだろう。面白くないが、話は長かった。
翌日、私は定刻通り目を覚ましたが、どうしてもベッドから出られなかった。二日酔いで頭が痛いのと、今日が納期の仕事が残っていたのを思い出したからだ。
「願いや目標を明確に信じれば、必ず叶う」
昨夜のスズキの言葉を思い出した。
私はベッドで仰向けになったまま、胡座をかいた。
まずは、瞑想だ。
鼻から息を吸い、口からゆっくりと吐いた。これを3回繰り返し、心を穏やかにした。
今、頭の中は空っぽだ。よし、目標を思い描くぞ!!
私はまず頭に緑色の龍を想起した。とても大きくて禍々しい龍だ。緑色の龍はゆっくりと私に話しかける。
ーーさあ、願いを言え
(どこかで聞いたことがあるな……)会社から逃げたい
ーーどうやって逃げる?
飛んで逃げる。この地上から、翼を羽ばたかせて空を飛びたい。
ーーソコはどんな空だろうか?
青く広大で、下には広大な雲海。一昨年、同期3人で旅行した沖縄のような灼熱な太陽に見守られながら。
ーー羽根はどこから生えてる?
肩甲骨の先端から地面に向かって3cm下。
ーー羽根はどうやって動かす?
肩甲骨を前後させる感覚。
ーーバサッ。
あ、生えた。……いや、マジで。
鏡を一瞥して、確信する。真っ白な鶏のような羽が生えていた。
私には羽根が生えている。でも飛べるのか?想像したように、肩甲骨を前後させると、大きな羽ばたきが起こると共に、頭の中にあるリズムが生まれた。
タタタタン→
タタタタン⤴︎
ーーなんだコレ???
タタタタン↑……タタン
あ、このメロディは……
イケる!!ある種の確信を私は得た。
1DKの窓ガラスを力任せに開けると、笑顔で外へ飛び出した。
風を感じる。ジェットコースターに乗ったみたいだ。怖くて乗ったことないけど。
私は羽ばたいていく。より高みを目指して。
……画像は参考です。
その後、私は数日間、空を飛んでいたらしい。
現世のシガラミからの解放感を感じていた。しかし、数時間もすると、解放感よりも不安感の方が強くなっていた。
誰もいない……
何もない……
私は不安から意識を飛ばした。
そして、今に至る。無意識のなかでも羽は動き続けてくれていたようだ。
覚醒し、不安は少し和らいでいたが、羽根の付け根に痛みが出てきた。
このままでは、半日も空を飛び続けるのは厳しいだろう。
一度、地上に降り立ってみようと思ったが、考え直した。雲海の下に降りるのは、どうしても嫌だった。現実に戻り、もう空に羽ばたけなくなる気がするから……
止まり木が欲しい。渡り鳥が少しの間、羽を休めるように。
……
え、何あれ……
どっから、どう見ても怪しい家だ。浮いている。天空の屋敷。
でも、もう限界だ。屋根の上でいいので、泊まらせてほしい。
「どうしましたか?」
……キモい男が話しかけてきた。
羽が生えている。どうやら彼は天使のようだ……
「ちょっと、疲れてまして。休ませてくださいませんか?」
天使はだらしない緩んだ笑顔で答える。
「勿論、ちょっと言わず、何十年、何百年でも……」
ーー
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ーーーそれからーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー100年のときが過ぎたーー
私は貪るように、時間を浪費した。
ここは子供が思い描くような天国だった。
ゲーム、アニメ、ドラマ、小説、漫画、音楽、etc……
この世の娯楽の全てが、たなやしきにはあった……
そして、たなやしき、ナトゥメ、ピエロ、イーサ、トラン……そして、イム
素敵な仲間たちにも会えた。
彼らは個性的で、ユーモアがあった。そして、いい加減に人生を過ごしており、頑張るという概念を持っていなかった。とても、共感できたし、彼らの生き方に憧れた。
私は、たなやしきで、これからも生きていくことでしょう。
100年経過し、地上の人々が、まだ生きているかは不明ですが、これまで私に関わってきた皆さん、本当にありがとうございました。
現実が嫌になった人は、羽根を生やして、是非たなやしきを探してくださいね。
私も、たなやしきで貴方がやってくるのを待っています。
「◯◯さん、起きてください」
スズキが、私の肩を優しく揺らしていた。閉店の準備をしている居酒屋の店員が、面倒くさそうに私を見ていた。
なるほど、夢オチか……。くそったれ。
「◯◯さん、終電過ぎましたが、近いんでウチに来ませんか?」
……おい、スズキ、冗談は顔だけにしろよ。
……本気でこんなセリフが脳内で再生される日がくるとはな、クソ……
「やめとくよ。今日は歩いて帰ることにする。あと多分、とりあえず明日は会社に行かないわ」
スズキはタクシー代を出すと提案してくれたが、私は断った。
私には羽根があるのだから。
「嗚呼、飛びてぇな」
今日も私はたなやしきを夢に見る。
WEBで検索しても、そんな情報は出てこない。
イケてない、PV数が低そうな、類似サイトだけだ……
ーーもし、私の世界に「たなやしき」があれば、毎日でも見にいくのに……
貴方の世界には、たなやしきがありますか?
あるなら、それは幸せなことだ。大切にするといい。